本記事は2026年6月19日時点の公開情報に基づいています。制度は今後変わる可能性があります。最新・正式な内容は必ず厚生労働省の発表をご確認ください。
2025年(令和7年)12月25日、厚生労働省は令和6年度の高齢者虐待調査結果を公表しました。介護施設・事業所の職員(養介護施設従事者等)による虐待と判断された件数は1,220件と過去最多を更新し、4年連続で増加しています。「うちの事業所は大丈夫」と思っていても、虐待はもはや特別な出来事ではなくなりつつあります。さらに2024年度(令和6年度)の介護報酬改定では、虐待防止のための措置がすべての介護サービスで義務化され、整えていなければ報酬が減算される仕組みも始まりました。本記事は、経営者・管理者・現場リーダーが「何を義務として整え、いつ・誰に通報し、どう研修を回すか」を一気に把握できる完全ガイドです。
- 2024年度改定で、ほぼ全ての介護サービスに「①虐待防止委員会の設置・周知」「②指針の整備」「③研修の定期実施」「④担当者の選任」の4つの措置が義務化されました(経過措置は終了済み)。
- これらの措置が講じられていないと「高齢者虐待防止措置未実施減算」として、所定単位数の1%が減算されます。研修の回数などはサービス種別で異なります。
- 虐待を受けたと思われる高齢者を発見したら、職員には市町村への通報義務があります。通報を理由とした不利益取扱いは法律で禁止されています。
記事でわかること
高齢者虐待とは?5つの種類
高齢者虐待防止法(正式名称「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」)では、高齢者虐待を大きく5つの類型に分けて定義しています。介護現場では「殴る・蹴る」といった分かりやすい暴力だけが虐待だと思われがちですが、実際にはそれ以外の類型も多く含まれます。悪意がなくても、結果として高齢者の心身を傷つける行為は虐待にあたり得るという点を、まず全職員で共有することが出発点です。
① 身体的虐待
高齢者の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴力を加えることです。叩く・つねる・無理に食事を口に入れるといった行為のほか、緊急やむを得ない場合の手続きを経ない身体拘束(ベッドへの抑制、向精神薬の過剰投与など)もここに含まれます。令和6年度調査でも、施設従事者による虐待のうち身体的虐待が最も多くなっています。
② 介護等放棄(ネグレクト)
高齢者を衰弱させるような著しい減食や長時間の放置、必要な介護・医療サービスを利用させないなど、世話を著しく怠ることです。意図的なものだけでなく、人手不足や知識不足から「結果的にケアが行き届かない」状態が続くこともネグレクトと判断され得ます。
③ 心理的虐待
著しい暴言や拒絶的な対応、高齢者に著しい心理的外傷を与える言動です。「早くして」「またできないの」といった日常的な声かけが、繰り返されることで心理的虐待に該当することがあります。不適切なケア(スピーチロックなど)との境界が曖昧なため、現場で最も意識的に振り返りたい類型です。
④ 性的虐待
高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者にわいせつな行為をさせることです。排泄や入浴の介助時に、必要なく身体を露出させたまま放置するといった行為も含まれ得ます。
⑤ 経済的虐待
高齢者の財産を不当に処分したり、不当に財産上の利益を得たりすることです。本人の同意なく年金や預貯金を使う、日常生活に必要なお金を渡さないといった行為が該当します。施設では、利用者の金銭管理に関するルールづくりが予防の鍵になります。
高齢者虐待防止法と最新データ(過去最多)
高齢者虐待防止法は2006年(平成18年)4月に施行された法律で、高齢者虐待の防止と、虐待を行ってしまう家族など「養護者」への支援の両方を目的としています。この法律に基づき、厚生労働省は平成19年度から毎年度、全国の市町村・都道府県における対応状況を調査・公表しています。最新の令和6年度調査(2025年12月25日公表)では、施設従事者・養護者の両方で件数が増加しました。
施設従事者(養介護施設従事者等)による虐待
介護施設・事業所の職員による虐待は、相談・通報件数が3,633件(前年度比+192件・5.6%増)、虐待と判断された件数が1,220件(同+97件・8.6%増)で、いずれも過去最多・4年連続の増加となりました。虐待の種別(被虐待者数ベース、複数回答)は、身体的虐待51.1%、心理的虐待27.7%、介護等放棄25.7%、経済的虐待10.3%、性的虐待3.4%の順です。発生要因として自治体が分析したのは「職員の虐待・権利擁護・身体拘束に関する知識や意識の不足」(75.9%)が最多で、知識と意識を底上げする研修の重要性を裏づけています。施設種別では特別養護老人ホームと有料老人ホームが、それぞれ約3割を占めています。
養護者(家族等)による虐待
家族・親族・同居人など養護者による虐待は、相談・通報件数が41,814件(前年度比+1,428件・3.5%増)で過去最多・12年連続の増加、虐待と判断された件数は17,133件(同+33件・横ばい)でした。種別は身体的虐待64.1%、心理的虐待37.2%、介護等放棄19.7%、経済的虐待16.4%の順です。発生要因では「介護疲れ・介護ストレス」(57.2%)が最も多く、養護者支援の必要性を示しています。なお令和6年度は、市町村への通報ルートとして警察からの通報(35.6%)が、初めて介護・医療関係者からの通報を上回った点も特徴です。介護事業者は、利用者宅で養護者による虐待の兆候に気づくことも多く、早期発見の重要な担い手です。
介護事業者に義務づけられた虐待防止措置(4つ)
2021年度(令和3年度)の介護報酬改定で「高齢者虐待防止の推進」が運営基準に位置づけられ、3年間の経過措置を経て、2024年度(令和6年度)からはほぼ全ての介護サービスで完全に義務化されました(居宅療養管理指導、福祉用具貸与、特定福祉用具販売を除く)。具体的には、運営基準に「虐待の発生またはその再発を防止するため、次の措置を講じなければならない」と定められています。以下の4点は努力義務ではなく義務であり、整えていなければ後述の減算対象になります。
① 虐待防止委員会の設置と結果の周知
虐待の防止のための対策を検討する委員会を定期的に開催し、その結果を従業者に周知徹底することが求められます。委員会はテレビ電話装置等の活用も可能です。多職種(介護・看護・ケアマネジャー・管理職など)の代表が参加し、「虐待の有無」だけでなく、虐待につながりかねない不適切なケアの芽を早期に拾うことが目的です。身体拘束適正化の委員会と一体的に開催する事業所も多くあります。
② 指針の整備
虐待防止のための指針を事業所・法人ごとに整備します。指針には、虐待防止に関する基本的考え方、委員会その他組織に関する事項、職員研修の基本方針、虐待が発生した場合の対応・相談・報告体制、成年後見制度の利用支援、苦情解決方法などを盛り込むことが求められます。身体拘束の指針と共通する内容も多いため、両者を一体の指針として整備する運用も認められています。
③ 研修の定期的な実施
従業者に対し、虐待防止のための研修を定期的に実施します。実施すべき研修の回数はサービス種別によって異なる点に注意が必要です(詳しくは減算の章を参照)。新規採用時の研修に加え、定期研修を計画的に行い、内容と参加者を記録に残すことが重要です。
④ 担当者を定めること
上記の措置を適切に実施するための担当者を置きます。担当者は、研修内容の検討や委員会運営、職員への周知など、虐待防止の取り組みを実際に動かす役割を担います。「誰が責任を持って回すのか」を明確にすることが、形だけにしない第一歩です。
未実施なら減算:高齢者虐待防止措置未実施減算
上記4つの措置が適切に講じられていない場合、2024年度改定で新設された「高齢者虐待防止措置未実施減算」が適用され、所定単位数の1%が減算されます。対象は、居宅療養管理指導・福祉用具貸与・特定福祉用具販売を除くほぼ全てのサービスです。減算は1か月分だけで終わるとは限らず、措置が整うまで継続するため、事業所経営に与える影響は小さくありません。
注意したいのは、必要な研修の回数がサービス種別で異なる点です。厚生労働省の介護保険最新情報Vol.1345(令和7年1月20日付)のQ&Aによれば、虐待防止の研修は、特定施設入居者生活介護・認知症対応型共同生活介護・介護老人福祉施設・介護老人保健施設・介護医療院などの施設・居住系サービスでは年2回以上、訪問介護・通所介護・居宅介護支援などでは年1回以上が求められます。委員会の開催頻度なども含め、自社のサービスに適用される正確な要件は、各サービスの指定基準の解釈通知で必ず確認してください。減算の発動条件や運用は今後の通知で変わる可能性もあるため、断定せず一次情報での確認をおすすめします。
通報の義務とフロー
高齢者虐待防止法は、虐待の早期発見・対応のために通報の仕組みを定めています。介護施設・事業所の職員(養介護施設従事者等)は、業務に従事する施設・事業所で、職員による虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合、速やかに市町村へ通報しなければなりません(法第21条)。これは義務であり、自施設内の出来事であっても見過ごしてはいけません。
通報先は、施設・事業所の所在地の市町村(市区町村)です。通報は、虚偽や過失による場合を除き、刑法の秘密漏示罪その他の守秘義務違反にはあたらないとされています。また、通報したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いを受けないことが法律で保障されています。施設内で発見したときの流れの一例は次のとおりです。
- 異変や疑わしい状況に気づいたら、まず利用者の安全を確保する。
- 担当者・管理者へ速やかに報告し、事実関係を記録する(憶測ではなく見聞きした事実を残す)。
- 「虐待を受けたと思われる」段階で、確証がなくても市町村へ通報する(確定を待つ必要はない)。
- 市町村による事実確認や立入調査に協力し、再発防止策を委員会で検討する。
養護者(家族等)による虐待を発見した場合も、生命・身体に重大な危険が生じているときは速やかに通報する義務があり、それ以外でも通報の努力義務があります。利用者宅でのサインを見逃さないことも、介護事業者の大切な役割です。
身体拘束の適正化との関係
「虐待防止措置」とよく混同されるのが「身体的拘束等の適正化のための措置」です。両者は密接に関連しますが、別の制度であり、減算も別々に設けられている点に注意が必要です。整理すると次のようになります。
- 高齢者虐待防止措置未実施減算:委員会・指針・研修・担当者の4措置が未実施の場合に、所定単位数の1%を減算。ほぼ全サービスが対象。
- 身体拘束廃止未実施減算:身体的拘束等の適正化のための措置(委員会の開催・指針の整備・研修の実施など)が未実施の場合の減算で、2024年度改定で対象が拡大されました。短期入所・多機能系などでは2025年4月に経過措置が終了しています。
緊急やむを得ず身体拘束を行う場合は、「切迫性」「非代替性」「一時性」の3要件をすべて満たすことと、その記録が必要です(Vol.1345のQ&A)。これらの記録が確認できない場合、対象サービスでは身体拘束廃止未実施減算の対象となり、訪問・通所系では減算はないものの指導の対象になり得ます。委員会や指針・研修は虐待防止と内容が重なるため、両者を一体的に運用する事業所が多いですが、「どちらの義務も満たしているか」を別々にチェックすることが大切です。
明日からできる自己点検チェックリスト
自社の体制が義務を満たしているか、まずは下のリストでセルフチェックしてみましょう。一つでも「いいえ」があれば、減算リスクと虐待リスクの両方を抱えている状態です。
- 虐待防止委員会を定期的に開催し、結果を全従業者に周知しているか
- 虐待防止の指針を整備し、職員がいつでも確認できる状態にあるか
- 自社サービスに必要な回数(施設・居住系は年2回以上等)の研修を実施しているか
- 虐待防止の担当者を選任し、役割を明確にしているか
- 委員会・研修の開催記録(日時・参加者・内容)を残しているか
- 虐待を発見したときの通報フロー(誰が・どこへ)を職員が知っているか
- 身体拘束を行う場合、3要件(切迫性・非代替性・一時性)と記録の手続きを守っているか
- 5類型と「不適切なケア」の違いを、新人を含む全職員が理解しているか
研修の進め方(実務)
研修は「やった証拠を残すこと」と「現場が腹落ちすること」の両立が大切です。義務化された研修を負担なく回し、かつ実効性を高めるための実務ポイントを整理します。
頻度と計画の立て方
研修回数はサービス種別に応じて(施設・居住系は年2回以上、訪問・通所系等は年1回以上)計画します。年間の法定研修計画にあらかじめ虐待防止研修を組み込み、シフト作成前に日程を確保しておくと、実施漏れを防げます。身体拘束適正化の研修も同回数が求められるため、「身体拘束・虐待防止研修」として一体的に実施する方法も認められています。一度に全員を集めにくい事業形態では、eラーニングの活用も有効です。
テーマ例
初回は5類型と高齢者虐待防止法の基礎、自施設の指針と通報フローの確認から始めると効果的です。2回目以降は、不適切なケア(スピーチロック等)と虐待の境界、ヒヤリ事例の振り返り、ストレスマネジメント、身体拘束の3要件と記録の実務、などへ展開します。実際の発生要因で最多の「知識・意識の不足」を埋める内容を意識しましょう。
記録の残し方と注意点
研修ごとに「開催日時・テーマ・参加者名簿・使用資料・理解度確認の方法」を記録として保管します。これは運営指導(実地指導)で確認される基本資料です。なお、事例検討の場が「犯人探し」になると、職員の萎縮や離職を招きかねません。個人の資質を責めるのではなく、環境要因や仕組みの改善に焦点を当て、相談しやすい雰囲気をつくることが、本質的な虐待防止につながります。
まとめ
高齢者虐待は、令和6年度調査で施設従事者・養護者ともに件数が増え、もはや「他人事」ではない状況です。2024年度改定により、委員会・指針・研修・担当者の4つの措置はほぼ全サービスで義務となり、未実施は所定単位数1%の減算につながります。まずは自己点検チェックリストで現状を確認し、不足があれば委員会と研修の年間計画から整えていきましょう。減算の正確な発動条件や研修回数はサービス種別で異なるため、自社に適用される要件は必ず厚生労働省の一次情報・指定基準の解釈通知で確認することをおすすめします。義務を「守るための作業」で終わらせず、利用者と職員の双方が安心できる職場づくりの機会として活かすことが、結果的にサービスの質と事業所の信頼を高めます。
出典
- 厚生労働省「令和6年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67817.html
- 厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会 資料「高齢者虐待防止法に基づく対応状況等に関する調査結果の概要(令和6年度)」 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001668456.pdf
- 厚生労働省「高齢者施設等における高齢者虐待防止措置及び身体的拘束等の適正化のための措置の徹底並びに周知に関する取組の実施について(要請)」 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001622751.pdf
- 介護保険最新情報Vol.1345「高齢者虐待防止措置未実施減算、身体拘束廃止未実施減算の取扱いに係るQ&Aの周知について」(厚生労働省老健局高齢者支援課、令和7年1月20日) https://www.wam.go.jp/gyoseiShiryou-files/documents/2025/0121100941183/ksvol.1345.pdf
- 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC1000000124
- 厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(高齢者虐待対応マニュアル) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200478_00002.html
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